1929年に突如大恐慌が訪れたとき <アメリカ・共和党・政治>
大統領であった共和党のフーバーは、結局不況の克服に有効な施策をたてることができず、1932年にはF・D・ルーズベルトにホワイトハウスを明け渡さざるをえなくなった。
このとき以来、共和党には高額所得者の党、不況の党といったイメージが付きまとい、民主党に対して劣勢を余儀なくされるに至る。
1952年と1956年のアイゼンハワーの勝利も、共和党の勝利であるよりは、むしろアイゼンハワー個人の勝利であった。
ただ、1960年代後半から1970年代に入って、平等化に対する反発から、アメリカ全体の保守化が進むとともに、共和党も劣勢を挽回した。
1968年、1972年にニクソン、1980年、1984年には保守派のリーダー、レーガンを当選させた。
1988年にはG・H・W・ブッシュを大統領に当選させ、保守化の傾向が続く限り、共和党の優勢は持続するかにみえた。
しかし、有権者の大勢は脱政党化の方向にあり、共和党の長期にわたる多数党化を可能にするような有権者の再編成があったとは考えにくい。
実際、1992年の選挙では現職の大統領であったG・H・W・ブッシュの不人気に乗じて、民主党のクリントンが大統領に当選、上下両院も民主党が制した。
ただ、共和党も1994年の中間選挙では上下両院で多数を獲得しており、共和・民主両党の勢力が拮抗する状況が続いている。
2000年の選挙ではG・W・ブッシュが民主党候補のゴアを破り、大統領に当選したが、票差は僅差であった。
2002年の中間選挙では、上下両院ともに共和党が制した。
2004年の選挙ではブッシュが再選を果たし、また上下両院ともに共和党は改選前より議席を増やした。
しかし、ブッシュは2005年のハリケーン「カトリーナ」被災の際の対応の遅れ、またイラク戦争やその戦後政策に対する批判等により支持率を下げ、2006年の中間選挙で上下院ともに民主党に敗北。
2008年の大統領選では、マケインを候補に立てたが民主党候補オバマに大差で敗れた。
このとき以来、共和党には高額所得者の党、不況の党といったイメージが付きまとい、民主党に対して劣勢を余儀なくされるに至る。
1952年と1956年のアイゼンハワーの勝利も、共和党の勝利であるよりは、むしろアイゼンハワー個人の勝利であった。
ただ、1960年代後半から1970年代に入って、平等化に対する反発から、アメリカ全体の保守化が進むとともに、共和党も劣勢を挽回した。
1968年、1972年にニクソン、1980年、1984年には保守派のリーダー、レーガンを当選させた。
1988年にはG・H・W・ブッシュを大統領に当選させ、保守化の傾向が続く限り、共和党の優勢は持続するかにみえた。
しかし、有権者の大勢は脱政党化の方向にあり、共和党の長期にわたる多数党化を可能にするような有権者の再編成があったとは考えにくい。
実際、1992年の選挙では現職の大統領であったG・H・W・ブッシュの不人気に乗じて、民主党のクリントンが大統領に当選、上下両院も民主党が制した。
ただ、共和党も1994年の中間選挙では上下両院で多数を獲得しており、共和・民主両党の勢力が拮抗する状況が続いている。
2000年の選挙ではG・W・ブッシュが民主党候補のゴアを破り、大統領に当選したが、票差は僅差であった。
2002年の中間選挙では、上下両院ともに共和党が制した。
2004年の選挙ではブッシュが再選を果たし、また上下両院ともに共和党は改選前より議席を増やした。
しかし、ブッシュは2005年のハリケーン「カトリーナ」被災の際の対応の遅れ、またイラク戦争やその戦後政策に対する批判等により支持率を下げ、2006年の中間選挙で上下院ともに民主党に敗北。
2008年の大統領選では、マケインを候補に立てたが民主党候補オバマに大差で敗れた。
update:2010年02月24日
